【TEDでスキマ時間に英語学習】What soccer can teach us about freedom

Learning

「5分のスキマ時間に英語を効率的に勉強したいな」

こういった方のためにこの記事を書いています。

この記事を書いているボクは「TOEIC300点台の英語初心者だったボクが800点をとり駐在員になるまでに試した英語勉強法」に書いたとおり現在TOEIC800点をもっており、駐在員として英語を使って仕事をしています。

もっと英語をペラペラに話せるようになりたいけど、毎日勉強続けるのって難しいという悩みを持ちつつ、スキマ時間にTED動画を使ったシャドーイングをすることでコツコツ英語を勉強するようにしています。

今回ご紹介するのはこちらの動画です。

What soccer can teach us about freedom(自由についてサッカーが教えてくれること)

「WHAT SOCCER CAN TEACH US ABOUT FREEDOM」

「自由についてサッカーが教えてくれること」

という内容です。

スピーカー紹介

Marc Bamuthi Joseph( マーク・バムティ・ジョセフ )さんはライターであり、パフォーマーというのがTEDサイトでのプロフィールですが、ググってみるとPoet(詩人)という肩書も出てきます。

動画の長さ

5分42秒なので、スキマ勉強にはいい感じですね。

内容紹介

TEDのTranscriptから内容を引用します。

翻訳は日本語翻訳が同じくTEDのTranscriptにありましたのでそちらから引用させてもらいます。

スピーカーの肩書が詩人、ライターということもあり、全体的に使う言葉が少し難しいかなという印象です。

The two places where I feel most free aren’t actually places. They’re moments. The first is inside of dance. Somewhere between rising up against gravity and the feeling that the air beneath me is falling in love with my body’s weight. I’m dancing and the air is carrying me like I might never come down. The second place that I feel free is after scoring a goal on the soccer pitch. My body floods with the chemical that they put inside of EpiPens to revive the dead, and I am weightless, raceless.

私が自由を 感じられる場所が 2つありますが どちらも「場所」ではありません 「瞬間」です 1つ目はダンスの最中の瞬間です 重力に逆らって飛び上がることと 自分の下にある空気が 自分の体の重みと 恋に落ちることの あわいの一瞬です 踊っていると 空気に体を支えられて もう地面に降りることはないのではと 思うほどです 自由を感じる2つ目の場所は サッカーのピッチで ゴールを決めた後の瞬間です 死者を蘇らせるエピペンに含まれる― 化学物質が私の体中を駆け巡り 体の重みも感じなければ 人種も消え去ります 

For instance, I’m a theater maker who loves sports. When I was making my latest piece /peh-LO-tah/ I thought a lot about how soccer was a means for my own immigrant family to foster a sense of continuity and normality and community within the new context of the US. In this heightened moment of xenophobia and assault on immigrant identity, I wanted to think through how the game could serve as an affirmational tool for first-generation Americans and immigrant kids, to ask them to consider movement patterns on the field as kin to migratory patterns across social and political borders. Whether footballers or not, immigrants in the US play on endangered ground. I wanted to help the kids understand that the same muscle that they use to plan the next goal can also be used to navigate the next block. 

例えば 私はスポーツを愛する 舞台制作者です 最新作の 『/peh-LO-tah/(ペロタ)』では サッカーがいかに 移民であった私の家族にとって 新たなアメリカという文脈で持続性や 普通であることやコミュニティに属する感覚を 養う手段であったかを考えました 外国人嫌いや 移民への攻撃が高まっている今 サッカーというスポーツが いかに第一世代のアメリカ人と 移民の子どもたちにとって 肯定的なツールになるか 考えたいと思い フィールドを動くパターンが 社会的・政治的国境を越えて 移住するパターンに似ていると 考えるよう促しました サッカー好きであろうと なかろうと アメリカの移民は 危うい立場に置かれています 子どもたちに伝えたかったのは 次のゴールを決めるために 使うのと同じ筋肉で 次の区画へと歩を進めることが できるのだということです 

For me, freedom exists in the body. We talk about it abstractly and even divisively, like “protect our freedom,” “build this wall,” “they hate us because of our freedom.” We have all these systems that are beautifully designed to incarcerate us or deport us, but how do we design freedom? For these kids, I wanted to track the idea back to something that exists inside that no one could take away, so I developed this curriculum that’s part poli-sci class, part soccer tournament, inside of an arts festival. It accesses /peh-LO-tah/’s field of inquiry to create a sports-based political action for young people. The project is called “Moving and Passing.” It intersects curriculum development, site-specific performance and the politics of joy, while using soccer as a metaphor for the urgent question of enfranchisement among immigrant youth. 

私にとって 自由とは 身体の内に在るものです 自由について 私たちは 抽象的かつ対立的に語ります 「我々の自由を守れ」とか 「ここに壁を作ろう」とか 「我々の自由ゆえに 嫌われている」などです 私たちは投獄したり 強制送還したりするためには 立派に設計されたシステムを 持っていますが 自由はどう設計すれば いいでしょうか? 子どもたちには 誰にも奪うことのできない 体の内側にあるものとして 自由を感じてほしいと思いました そこでカリキュラムを作りました 政治経済の授業でもあり サッカーのトーナメントでもあるもので アートフェスティバルで 実施しました 『/peh-LO-tah/(ペロタ)』での 問いかけに通じるもので スポーツをベースにした 若者のための政治行動を起こすものです プロジェクトの名前は 「ムービング・アンド・パッシング」です カリキュラムの展開と サイトスペシフィック・パフォーマンス 喜びをもたらす政治を 交錯させたもので 移民の若者たちが 市民権を手にするという 喫緊の課題の比喩として サッカーを用いました 

Imagine that you are a 15-year-old kid from Honduras now living in Harlem, or you’re a 13-year-old girl born in DC to two Nigerian immigrants. You love the game. You’re on the field with your folks. You’ve just been practicing dribbling through cones for, like, 15 minutes, and then, all of a sudden, a marching band comes down the field. I want to associate the joy of the game with the exuberance of culture, to locate the site of joy in the game at the same physical coordinate as being politically informed by art, a grass-laden theater for liberation. We spend a week looking at how the midfielder would explain Black Lives Matter, or how the goalkeeper would explain gun control, or how a defender’s style is the perfect metaphor for the limits of American exceptionalism. As we study positions on the field, we also name and imagine our own freedoms. 

自分がホンジュラス出身の 15歳の子どもで ハーレムに住んでいると 想像してください ワシントンDCでナイジェリア移民に生まれた 13歳の娘でもいいでしょう 試合を楽しむことでしょう 仲間とフィールドを駆け回り コーンの間を ドリブルする練習を 15分ほどしていると 突然 マーチングバンドが フィールドにやって来ます スポーツの楽しさを 文化の豊かさと結びつけることで アートによる政治的意味づけと 物理的に同等の喜びを スポーツに位置づけたいのです 解放のためのピッチの上の演劇です 1週間かけて ミッドフィルダーが 「黒人の命も大切」を表すかを考えたり ゴールキーパーが 銃規制を表すかを考えたり ディフェンダーのスタイルが アメリカの例外論の限界を表すための 完璧な比喩であるかを考えたりしました フィールドでのポジションを 考察すると同時に 自分たちの自由を名付け 想像することもしました 

I don’t know, man, soccer is, like, the only thing on this planet that we can all agree to do together. You know? It’s like the official sport of this spinning ball. I want to be able to connect the joy of the game to the ever-moving footballer, to connect that moving footballer to immigrants who also moved in sight of a better position. Among these kids, I want to connect their families’ histories to the bliss of a goal-scorer’s run, family like that feeling after the ball beats the goalie, the closest thing going to freedom. 

実に サッカーこそが この地球上で全員が一緒にやろうと 同意できる唯一のものなのです そう思いません? 地球というボールにおける公式スポーツなのです このスポーツの喜びを 動くことをやめない サッカー選手と結びつけ そのサッカー選手を よりよいポジションを求めて 移動した移民と繋げられるようにしたいのです こうした子どもたちの 家族の歴史を ゴールを決めた選手の喜びと 結びつけたい― ゴールキーパーを出し抜いて 自由に限りなく近づいた気持ちを 移民の家族に結びつけたいのです 

以上になります。ここまで読んでいただきありがとうございました。

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